2006年04月30日

第44回 会社と外人と愚弟

 ここ2週間の間で4回も東京へ行った。吾輩の人生の中で一番の回数であろう。その顛末を…
 先週(日にち忘れた…)の事、職場で継電器が無い騒ぎがあった。どうやら業者や工場にも無く、唯一あったのが何と田町だった。いきなり助役より「東京まで取りに行ってくれ」と言われる。作業用の制服では新幹線に乗れないので、慌てて着替え、慌てて新幹線の切符を手配し、一路東京へ向かう。東京到着後、物品と図面を頂き、即刻来た道を戻る。人生で一番の東京滞在最短時間(30分位…)であった。もう破れないであろう。と言うか、破りたくない…
 26日、T−TrakNetworkのH1氏が独逸で知り合ったと言うベルギー人が来日しており、この日北陸から関東へ移動してきた。H1氏が歓迎会を開くと言うので、行く事にした。12時過ぎ頃新横浜駅に集合だったので、ついでにいろいろと回る事にした。まずはモノレールで羽田空港へ行き、飛行機の離着陸を鑑賞・撮影をする。その後、京急にて鶴見へ移動し、リトルジャパンモデルスへ行き、台枠とライトを買った後、新横浜へ向かう。
 新横浜で待っていると、H1氏とO1氏が3名の外人を連れてきた。その内1人は吾輩より一回り大きかった。吾輩大きい方(身長186�体重極秘)だが、後ろを歩くと隠れる位だった。ホテルに荷物を置いた後、東急世田谷線に乗る。しかしこの方々、結構詳しい事。宮の坂駅にある601号車で、マスコンを回して喜んでいた…う〜むヲタに国境は無いな…その後神保町・秋葉原でお買物。どうやら外人さん達の物欲リミッターが外れたようで、集合時間をオーバーする。まあ我々でもリミッター解除するルート(トラムウェイ→古本屋→書泉グランテ→タムタム)ゆえ止むを得ないか…
 その後中野にあるアラブ料理店・カルタゴで歓迎会。かなり特濃宴会で、吾輩が新幹線(最終の高崎行き)に乗る都合で途中で抜けたが、どうやら宴会は終電間際まで続いたそうだ。
 で、28日愚弟がいきなり「東京へ行きたい」などと言ってガイドをさせられる羽目となった。ルートはお台場・フジTV→汐留・日本TV→六本木ヒルズ→秋葉原とアキバ以外はまったく行かない所へ行った。中でも見物はフジTVの見学コースで、ドラマ「サザエさん」に出てくるシーンのレイアウトがあった。なかなか素晴らしいもので、写真を撮りたかったが、ケースが汚れているので断念。
 考え直したら今月だけで7回は行ってるなあ…馬鹿か俺?
posted by 島々な人 at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月25日

第43回 尼崎脱線事故から1年

 去年の4月25日9時18分頃、JR福知山線塚口−尼崎間で脱線事故があった。
 その日吾輩は前日まで行ってた沖縄平和研修の疲れを癒し、5月2・3日開催の「鉄道模型ミーティング2005公開運転会」の準備等の為、休日であった。
 その日は朝8時半頃起床し、9時頃給料の引き落しやら積立やらでいろいろな金融機関のある県庁へ行っていた。9時半頃全てを終わり帰宅すると、母親より「電車が脱線しているよ」と言われ、この事故を知った。
 衝撃的だった。1両目がどこにあるのかが解らず、2両目であろう車両がくの字に曲がっていた。時間が経つにつれその惨状がだんだんと判明していき、そして驚愕した。
 吾輩が鉄道に入社したての頃、大月で電車が衝突事故を起こした。あの時は吾輩も駆り出され、寒い中籠原でATSの検査をした。その事件よりも非常にインパクトがあった。
 あの事故は我々鉄道員とってに大きな出来事となった。我々が日々の努力で積み重ねてきた安全が、あの事故で一気に崩壊したのである。
 あの事故は営利優先・運行優先の企業体質が引き起こした結果であろう。企業だから営利を追求するのは当たり前であるが、安全を疎かにするとそのツケは大きく返ってくるのである。
 あの事故後、2度とあのような事故を起こしてはならないと誓ったが、残念ながら12月25日に羽越本線で脱線事故を起こしてしまった。いくら自然災害的な要素が多いにしても、非常に残念でならない。
 我々はこれらの事故を教訓に、更なる安全の構築をやらなくてはならない。
 それが107名の御霊に対する慰めであるからだ。
posted by 島々な人 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月20日

第42回 登戸運転会 その2

 今日は前回の続き也。

 11時頃、遅刻魔で有名なH1氏が到着。小型レイアウトを持参してきており、お披露目となった。さっそくとっかえひっかえ車両が乗せ換えられ、車両の持ち主が撮影を始める。吾輩も失敬し、何枚か撮る。
前沢駅電車進入中
 14時頃打ち合わせが始まる。今後の予定を決めるのだが、結構先まで予定があり、計画を立てるのに苦労しそうだ…
 15時頃になると、夕日が部屋に差し込んできて、結構いい感じの光線となる。小型レイアウトやら鉄橋モジュールを撮るが、自分の影との戦いになり、苦闘する。
鉄橋通過中
 終わりに近付く頃になると物品のトレードが少々激しくなり、吾輩が持って行った物もソコソコトレードが成立していく。18時過ぎ位でトレード品の撤収開始し、19時頃になると全ての撤収が完了する。
 撤収後、本日の宿泊先である友人宅へ向かう事になるが、その時K氏の計らいで自動車にて池袋へ向かう事になった。道中はソコソコ混んではいるが、順調に進む。途中首都高の工事区画を通るが、道がウネウネしてて久しぶりに自動車で気持ち悪くなる。
 その後は友人2名と宴会とカラオケをやり、4時頃まで談笑後就寝。11時頃起床し面白画像を鑑賞、その後駅前まで行き、朝兼昼飯を食す。その後家に帰ったのである。後半は随分はしょったが、これにて登戸運転会のお話は終わりである。
posted by 島々な人 at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 内輪運転会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月19日

第41回 登戸運転会 その1

 4月15日にT−TrakNetworkの登戸非公開運転会が開催された。当日はよりによって新宿駅で大規模工事があり、湘南新宿ラインやら中央快速線等々が終日運休と、移動に大変な日であった。
 5時頃起床し、荷物を自転車に載せ、5時半頃家を出る。職場に自転車を置き電車に乗る。高崎で新幹線に乗換え、上野で山手線内回りに乗換える。土曜なのに学生が多い事。池袋に着くと、すごい数の人達が乗り込んできた。新宿にて小田急線に乗換え、向ヶ丘遊園駅に向かう。向ヶ丘遊園駅に着くと、グリスタ氏に会う。グリスタ氏は駅そば店に行ったので、吾輩が先に会場に向かう。会場は多摩市民館5階実習室で、会場前に着いたが、到着時刻9時10分前とメチャ早着であった。案の定吾輩以外誰もいない。しばらくすると、駅そばを食していたグリスタ氏が来るも2人しかいない。9時を少し過ぎたところで主催のN氏が来る。我々を見るなり「早すぎだよー」と言われる。そりゃそうだ。
 会場に入り、走行場所等の設営中にボチボチと人が集まりだしてきた。机を3ヶ所にまとめ、モジュールとユニトラックを設営し、椅子とベニヤ板で簡易の机を2ヶ所設置し、そこにトレード用のBトレインショーティー等を置いていく。モジュールがまだ集まらないので、先日完成した車両をお披露目する。
 「おー上電(上毛電鉄)だー」
 「色は原色?」
 等々いろいろ言われる。モジュールが大体集まり、配線が終わると試運転開始。試運転車両がノロノロと動き始めるが、どうも遅い。やはり去年の酷使(三軒茶屋でイベントがあった)が祟ったようだ。試しに吾輩の黄色い電車を走らすと、すごい勢いで走り出した。全線で車両が動き始めると、参加人数の大半が来ていた。
 今日は疲れたのでこれまで。次回へ続く。
posted by 島々な人 at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 内輪運転会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月18日

第40回 鶴見臨港を自由形に改造・その4

 RMMの「鉄コレにまつわるエトセトラ…作品募集」の〆切日を思いっきり忘れ、気が付きゃトウの昔に〆切。それもあってか遅れに遅れた。駄目ですな…さて、気を取り直して製作報告をする。
 サーフェイサーを吹き、微修正を済ました後、黄色く塗装をするが、サーフェイサーがグレーの為、発色を良くする為にまずは下塗りから。下塗りは発色と隠蔽性が良いとされる「ガイアノーツ」製のピュアホワイトをエアブラシにて2回吹き付ける。白っぽくなったところで上塗りに入る。
 上塗り用の黄色はGSIのイエロー(原色)に、GMの黄5号を6:1位の割合で調合。なお調合時にちゃんと分量を量ってないので、多分2度と同じ色調には作れません。(駄目ジャン!)調合した黄色をエアブラシにて全体を何度も吹き付けて、塗装ムラがない様にする。大体4〜5回吹いた後、屋根部分を塗る。
 屋根部分以外のところをマスキングテープで覆い、GSIのニュートラルグレー(GMのダークグレーとほぼ同じ色で、確保が容易な為使用してます)をエアブラシで吹き付け、2〜3回吹いたら本体の塗装が終わる。
 次にベンチレーター(以下ベンチに略す)を塗装する。GMの客車セットに付いて来た、おまけのガーランドベンチを2両で8個使用する。切り出したベンチを両面テープで割り箸に貼り、GMのねずみ色1号をエアブラシで吹く。
 塗装が終わったら、本体にベンチと貫通幌、ライトを着ける。ベンチの着ける位置は、元になった鶴見臨港のベンチを参考にし、中心を気にしながらゴム系接着剤で接着する。貫通幌はGMの旧客用を使用、突起物をカッターで除去し、ゴム系接着剤で接着。ライトは製品の物を流用する。
 元のガラスパーツを着けようとしたが、おもいの外長さが短く、バランスに苦慮するので、タミヤの透明プラ板を切り出し、両面テープで貼り付ける。
 その後動力ユニットを組み込み、完成する。完成品はこんな感じになりました。
完成!
 完成したてのこの車両を運転会にて走らせました。この模様は次回「登戸運転会」にて報告します。
posted by 島々な人 at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道模型制作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月13日

第39回 吾輩と風邪

 やっと風邪が治ってきたみたいで、鼻水が治まる。と、言う訳で、今回は風邪のお話を…
 吾輩はしょっちゅう風邪をひく。かつて見たTV番組(名前忘れた)曰く、「体温が低い人はかかりやすい」との事。モノの見事に当てはまる吾輩の体温は、平熱で35度代と低い。その為、37度代の熱を出すともうダメで、さっさと寝込んでしまう。ここ数年は毎年の様に風邪をひき、ひどい時は風邪をひいた後、インフルエンザまでかかってしまう。
 吾輩が風邪をひくと、大抵鼻詰まりか鼻水が出るかのどちらかが真っ先に出る。その症状が出たあと位に筋肉の痛みと寒気を感じ、熱が出るのが大体のパターンである。大抵家で風邪薬を飲んで寝込むと治る。
 吾輩が風邪をひくと大抵2〜3日で治まるが、かつてそれ以上に長引いた事もある。さすがにその場合は医者に行く。前はかつて住んでいた所の内科医で、今住んでいる所からあまり離れておらず、大抵空いている(けしてヤブ医者でなく、学校の保険医をやってる位の先生)ので良く使っていた。
 が、1度だけ診療後全然回復しない事があった。もらった薬を飲んでいるのに、熱は下がるどころか上がっていき、遂に40度代を突破、さすがにおかしいと近所の総合病院へ行く。レントゲンを撮ると、肺が半分より下が真っ白、医者曰く「あー典型的な肺炎だね」と言われ、即刻入院する羽目になった。
 入院して数日、点滴をするが改善せず。医者曰く「こりゃ違うウイルスやね」と言われ、違うタイプの点滴をすると、すっかり良くなっていった。結局入院は3週間に及び、予定していた旅行及び組合の文化祭に出れなかった。なにより嫌なのが、病室から墓地が見える事である。
 もっともこの肺炎、なったきっかけがひどかった。愚弟が吾輩の部屋で模型を作ってた時の事、臭いので部屋の窓を開けていたのだが、その時吾輩が寝るので愚弟に「終わったら(窓を)閉めろや」と言ったのにもかかわらず、閉め忘れたのが原因です。冬場で窓が開いたまま寝てりゃ、風邪ひくし肺炎にもなるわな…
posted by 島々な人 at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月08日

第38回 忙しいので1週間まとめて…

 最近仕事量が増えた上、車両生産強化月間と銘打ち、せっせとBトレインショーティー(以下Bトレと略す)を組み立てていたので、更新が遅くなりました。もっともBトレの未組立品が100両を越え、しかも今月久しぶりに通常版第15弾を2ボール(2ケースとも2アソートとも言うがファンページによるとこっちが正しいらしい)も買うので、置く場所確保を兼ねて組み立てる。
 Bトレを1両組み立てるのに大体5〜7分位かかる。なぜならBGMに「恋の○イアヒ」をひたすら流しており、大体1回終わった位から1回半位で組み立て上げるから。今回何故か屋根にガラスを差し込む時に2〜3度、差込用の爪を折ってしまった…幸いあの世逝き(使用不能)にならずに済んだが、ガラスパーツの欠けやすさには少々困り物である。もっとも、透明樹脂は塩ビを除いて欠けやすい物ですが…
 組み立てた後、これまた置場に困る空箱の処理をする。箱の底を手で開け、それを畳むが数が多い事。何せ「勿体無い」と言ってかなり前から空箱を溜めていた為で、組み立てた分よりも多いから性質が悪い。もっとも全部畳んだ訳でなく、状態の良い箱は保存している。
 で、本日Bトレ第15弾を買いに行く。と言っても、新宿「さくらや」のポイントが20k円分近く貯まっていたので、それを使う事にした。1ボール約8k円を2つ、他に鉄道コレクション第2弾と鉄道むすめ第2弾を各々2個づつ購入し、ポイントカードに残ったのは約1.8k円分と、約1〜2年貯めていたポイントを豪快に使う。
 これから中身確認をするのだが、吾輩現在鼻風邪気味な為、本日大事を取って寝ます。(風邪の事に付いては後々載せようかと思案中)
posted by 島々な人 at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月02日

第37回 終わった筈だろ水上夜勤 リターンズ

 その日(31日)は朝からヤナ予感がした。いつも見える筈の赤城山が見えないのである。いや、榛名山もそうだった。職場に行くと、構内担当でない2名が夜勤明けだったのだ。訊ねると水上に雪が降っていたらしく、その対応で行ったのだと言う。そして昼過ぎに吾輩がデスクワークをしていると、第一検修助役に呼ばれる。「水上がまだ雪みたいらしいので、今日行ってくれない?」ゑ?又?どうやら今シーズンは異常気象なのであろうか、尋常に無く水上の雪が多い。お金が心細かったせいでまた「解りました」と言ってしまう…今シーズンは何べんこのセリフを言った事やら。
 今回は勤務中だったので、普段水上に行く時間の電車に乗る。いつもなら乗務員室に乗るのだが、何故か運転士がいたので、客室の方に乗る。水上到着後にその運転士から話を聞くと、甲子園臨の乗務があり、水上で交代するから来たと言う。なお何処の学校かと訊ねると、日本文理高だそうな。
 水上に着くと雪は降ってないのだが、風がもう酷い事。まともに風を受けると、前に進むのが大変な位の強風であった。温度計を見ると0℃だが、体感温度は非常に寒く感じる。庁舎に入ると、隙間という隙間から風が入ってきて、ピューピュー音をたてている。風呂に入浴しても気分的に寒い感じが…寝床へ着くが、隙間風が五月蝿く寝付き難かった。朝起床しても風の強さは変わらなかった。水上での仕事を終え、職場に戻る為電車に乗った頃もまだ強く、途中の敷島辺りまでは風が強かったが、職場に着くと風は弱まっていた。そして家に帰り、我が愛車を洗車する頃には全然風が無かった。
 これで今シーズンの水上泊まりが無い事を祈る。
posted by 島々な人 at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする