2006年06月30日

第64回 日立・電車検分 その3

 前回のあらすじ。大甕駅で合流後、久慈浜遺跡駅にてポ○される電車を観察後、本命の車両がある現場へと向かった…

 旧久慈浜駅から数分、現場近くの臨時駐車場に車を止め、目的地である「電車くん」へと向かった。「電車くん」には前回東海村文化祭以来(05年11月頃)の訪問で、その頃はレールと砕石しかなく、車両は久慈浜に留置中であった。
日立電鉄3023号
 今では3023号が鎮座し、遠くから見ると現役で走ってる感がある。しかし、近付くと汚れがよく見える事。昼を過ぎていたので、店の庭先で昼飯を食す事になった。食事後、H1氏がNゲージで泰国に行ったキハ58にする改造品や、ノートPCで泰国のDLやらPCやらを見た後、実車検分を開始する。その前に吾輩は着がえに行き、店主よりヘルメットを拝借する。
 いよいよ実車検分である。諸都合により一般公開が中止だった為、結構細部にわたり見る事が出来た。まずは座席を外し、ドアエンジンと外板を見る。ドアエンジンは205系等で主流な西武所沢工場謹製TK4シリーズ。その場にいた人達に構造をレクチャーしつつ外板をチェック、どうやら肉厚な鉄板で腐食は無かった。室内にある台車点検蓋を開けてみるが、4枚中1枚が硬くて開かない。開けてみるが、ゲージの都合(1435mmと1067mmの差)で台枠しか見えない。
 その後屋根が気になり、意を決して屋根に上る。屋根は下手すると165系よりも頑丈で、歩いてもミシミシいわない。流石かつてジメジメとした地下鉄に使用していただけあり、屋根までガッチリしていた。上がって気になったのがパンタグラフで、よく見ると180度反対に取り付けてあった。どうやら搬入時の取り付けが逆であった模様。ゴムホースの耐用年数を調べるが、製造年を焼印しておらず、確認不能。ヒューズ箱と電圧計用の抵抗器らしき箱が、酷く汚れていた。南側の屋根の肩部に2ヶ所亀裂があり、その亀裂は塗装剥離であった。ライトのステー部に錆を確認、しかも両方ともだった。
 吾輩が屋根上確認作業中、下から数名撮影してきた。吾輩冗談かまして「タマ踊りじゃー」と称して腰振りダンスを挙行。もとがエアサスペンション台車な為、よく揺れる。下の人が「やめれー」と叫ぶ。が、やってる吾輩も怖かった。
 後日某所にて撮影されたモノを見たのだが、どこをどう見ても怪しい笑顔のオヤジにしか見えなかった…
 本日はそろそろ寝ますので、これまで。以下次号也。
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2006年06月29日

第63回 日立・電車検分 その2

 前回からのあらすじ。国道50号及び6号を暴走の上、やっとバ○ツでウ○ンな村に着いた吾輩であったが、早着であったと判明し、少々悩んだ末大甕駅に向かったのであった…

 国道6号を北上後、来た憶えのある道に入り、その後勘だけで車を走らすと、見事に大甕駅に到着する。
大甕駅
 案外質素な駅前広場(?)にある駐車場に愛車を止め、駅舎へ向かう。広場にタイミング良くバスが着たので、撮影をする。
日立電鉄交通サービス
 広場から駅舎までにはけっこうな段差があり、エスカレーターが設置してあった。
 時間に余裕があったので、大甕駅にて少々観察をする。特急が30分位に1本の割合で到着し、普通列車も20分位に1本の割合と、かなり多めの本数。構内は2面2線で、その奥には旧日立電鉄の構内があり、その周りはかなり野生化していた。観察してると急に便意をもよおし、慌てて厠に駆け込む。波動砲発射準備完了した瞬間、O2氏より電話が入る。素晴らしい位のナイスタイミング。
 厠から慌てて出て、駅舎から外に出るとO2氏が待っていた。挨拶もソコソコにおしゃべり開始するが、お約束の如く毒舌合戦になり、下手すると地元住民や地元自治体、さらに地元大企業を敵に回しかねない話に発展する。それから40分位後に本隊到着、メンバーはH1氏とY氏、それにロシヤの脱走兵氏の3名也。丁度昼時なので、駅構内のおにぎり屋で昼食を購入し、大甕駅を出発する。
 「電車くん」へ行く途中にある、旧久慈浜遺跡駅を見学する事にした。
解体作業中
 どうやら電車解体の真っ只中だったらしく、ドアやライトは剥がされ、いつでもバーナーOKと言った感じになったました。
 が、どうやら車体に今流行のデンジャラス物質がタンマリ使用してあり、迂闊に解体出来ぬ模様。まあ落成年度から考えれば、仕方ないか。トラックに台車が積載してたので、台車の中を見てみるが、ものの見事に主電動機が無い。使いまわしが利く上、数が無いのでさっさと持って行かれた様だ。もしかしたら今頃どこか違う会社で使用してるであろう。長野電鉄ならドンピシャだな。
 しばらく見物の上、本命の車両がある「電車くん」へと向かった。
 以下次号に続く。

 *追記*
 大甕駅に着いたメンバーで「Y氏」と入力しなけりゃいけないのに、誤って「N氏」と入力しました。謹んでお詫び申し上げます。m(_ _)m
 修正日7月5日

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2006年06月27日

第62回 日立・電車検分 その1

 それは中原運転会後の酒宴にてO2氏の「外板がヤバイかも。見に来てね」と言われ(久方ぶりに酒が入り少々曖昧)た。またH1氏が「土曜に行こう」と言った。そして吾輩が地元に帰り、「24日でどう?」とH1氏にメールを送った事からこの話が始まった。
 日立市にある模型店「電車くん」には、旧営団車で今は無き日立電鉄の車両である3023号があります。この車両がある所は海に近く、保存場所としては厳しいところにあります。そこで、T−TrakNetworkで唯一現役の車両屋である吾輩におはこがまわったのである。
 22日の午前中、「どーすべ、24日」と考えていた。肝心のH1氏からの連絡がこの時点で無かったのである。吾輩だけでも行っても良いが、自動車の燃料や現金等の都合を考えると、「7月に延ばそうかな?」とか、「電車で1人で行くか?」などと考えていた。その日の夜中、遅れに遅れたH1氏からの回答があり、「行こう」と言う回答であった。猛烈に遅すぎじゃーーー!!!騒いでいても仕方ない。翌23日金策と給油、それに身支度の準備に走る羽目になった。
 24日当日、吾輩は愛車であるダイハツムーブにて地元を発つ。時刻は6時と、東海村文化祭参戦時より遅めの発車となった。途中3匹の猫の死骸と、1台の自爆事故車を見つつ東進。10時半頃現場近くのコンビニに到着し休憩する。休憩中にO2氏に連絡を入れる。O2氏曰く、「11時半頃にH1氏が電車で着くらしい」との事。メチャ早着ジャン俺!勝手知らぬ土地ゆえうろつけない上、地図を搭載し忘れたので、そのまま集合場所である大甕駅に向かった。
 疲れてるので、以下次号に続く。
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2006年06月19日

第61回 災難は続くもの その2

 金曜日の朝、出勤の為に自転車に向かった吾輩に母親が一言、「高崎線で事故だってよ」これがまさか悲劇への序章になるとはおもわなかった。
 職場に着くと、その事故が人身事故と判明。しかも列車本数が1日で一番多い時間帯の、これまた列車本数が多い区間で起きてしまった。指令からFAX電報が次から次へと到着し、それを元に列車の有無や、列車に使われてる編成等を調べていく。通常なら早めに収まるのだが、起きた時間帯が悪すぎて収まらない。混乱が収拾したのは午後になってからだった。
 その後どの運用にどの編成が使われているかを確認していく。が、かなり無茶苦茶な変更をしてたので、把握するのに手間取り、判明したのが20時頃位になった。
 さあ21時までには何とかなるぞ。と、おもった瞬間、無線機より「人身事故発生〜」と無情な放送が流れてきた。Oh!ジーザス!何てこった!発生した場所がまた悪く、朝起きた場所より数駅間分ずれただけだった。この時間帯だと大抵あまり車両を振替えないのだが、普通に振替えてきたのだ。どうやら指令が運用の専門家でなく、かつATOSを額面通りにやるからたちが悪い。
 おかげで仕事がまた増え、結局家に帰ったのが土曜の夜1時過ぎになった。翌日(土曜)も出勤だったので整理をしたが、気の利かない人達のせいもあり、結局この日も帰宅が20時半頃となった。
 金曜・土曜はあちこちで人身事故が起き、計4件発生した模様。(吾輩調べ)
 頼むから自殺しないでくれ!
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2006年06月17日

第60回 災難は続くもの その1

 運転会翌日(月曜日)の事、吾輩が職場から帰宅し、すぐ携帯電話を階段に置いた。茶の間に他の小物を置いた後、すぐに2階にある自室に向かう。その時だった、携帯電話の存在を忘れ、携帯電話を踏んでしまった。「やべぇ」とおもい、慌てて確認すると、液晶画面が3分の2程うつらない!なんてこった!
 もともと吾輩の携帯、階段の色とほぼ同じで、よく見ないと存在を忘れるのである。
 火曜日に急遽携帯屋に行く。新型にでも換えようかとおもったが、なかなか気にいる物が無いし、何より予算超過で買い替え不能。仕方なく修繕に出す。予定では1k円以下との事。ああ1k円もあれば模型の貨車が1両買えるのに…
 木曜日、吾輩の職場に社長が訪問する事になった。今の社長が副社長時代に来て以来なので、約5ヶ月ぶりの訪問である。ある意味短い期間に来てます。その日は職場の偉い人が慌てており、別の点呼では支社長と勘違いしていた位だった。15時頃、雨の中社長が到着し、職場の2階にある運輸区へ。予定ではそこだけだったらしいが、念の為仕事場室内を点検する。すると社長は仕事場にも来たのだ。社長が軽い挨拶をし、挨拶が終わると吾輩達はすぐに仕事に戻る。そして社長が構内本部へ移動する。
 ホッとしたのも束の間、社長が戻ってきて、吾輩を見るなり「前にも会った気がするね」と吾輩に声をかけて来る。
 吾輩その時心の中で「ギャーーー」と叫び、冷や汗がドッと出てくる。その時所長がフォローしてくれたので、助かったが、久しぶりに気が動揺する。
 しかし、これで災難は終わらなかった。以下次号!
posted by 島々な人 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月16日

第59回 中原運転会 その4

 今日も前回の続き也。
 新幹線の終電が近付いてきた。リミットは22時現地発だった。その様な話をH1氏に言うと、「泊まっていきな」と言ってくれる。隣のO2氏も泊まるという事なので、お言葉に甘える。さらに宴会は続き、とうとう「南武線の終電ヤバクない?」と言い出す人が出る。Y氏は「平気平気」と終電の時間をペラペラと言ってくが、他社線の方がギリギリとなったのでお開きとなった。時刻は23時を過ぎていた。
 居酒屋を出て駅に向かう。東急の方が手前で、JRが奥にあったので、ここで東急組とJR組が別れる。吾輩は東急組と一緒に行動をする。東急目黒線に乗るのだが、その列車、駒込行最終電車であった。つまり、チョットやばかったようだ。途中で乗り換える人がいたので、その方を「拉致監禁」しようとO2氏と二人して図るが、失敗する。
 ようやく目的の駅に着き、ここで山手線に乗り換え予定のロシヤの脱走兵氏にM氏とお別れ、3人でH1氏の自宅へ向かう。H1氏の自宅に到着後、いろいろなトークで盛り上がる。話の内容は滅茶苦茶で、鉄道模型・鉄道は勿論の事、宗教・民族性・国民性等々話題に尽きない。ようやく寝たのが2時近くになっていた。
 翌朝8時頃目が覚める。そこからしばらくO2氏といろいろと話をする。さらにH1氏の父君所有のアルバムを鑑賞し、外国車両のHP等の閲覧をする。そんな事をやってたら、いつの間にやら午後4時位になっていた。
 その後3人で秋葉原へ向かう。銀座線の車中でH1氏轟沈。放置しようかとおもったが、末広町駅で起こす。タムタムにて買物をするが、会計がバラバラだった為、H1氏とO2氏を見失う。雨も降っていたせいもあり、捜索を断念し、地元へ帰ることにした。地元に着くと、雨がやんでおり、自転車で帰る事が出来た。
 今回は4部構成になっちまった。このシリーズをやってる間にいろいろな出来事が。この話は翌日にやる予定也。
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2006年06月15日

第58回 中原運転会 その3

 今日も前回の続き也。
 今後の予定を協議し、少々遊んだ後運転会は終了する。撤収作業をし、玄関前で全員の所在を確認後、第2部会場へ。場所は武蔵小杉駅前の居酒屋也。
 居酒屋は2階にあり、しかも狭い所なものだから、ほぼ貸切。座敷に上がるが、全員座れない。O1氏等数名がカウンターに座る羽目になった位人がいた。大体20名位。
 酒が一滴も入ってないのに、既に一部で暴走が始まる。キッカケは店の女将さんで、「ねぇねぇあなた達、今日はどんな集まりなの?」と言った時点で始まった。H1氏のミニレイアウトが出てきて、女将さん「すごーいすごーい」と言い、常連さんらしい人が携帯で写真を撮り出す。そのシーンを遠巻きに撮る吉田電車氏。
 ビールが各々の前に着く。「乾杯」と言ってしばらく経ってから、O2氏より日立にある車両の状態について語りだす。どうやらかなり外板がヤバイ模様。
 O2氏の話が終わると、あっちこっちで暴走が酷くなる。ハングル語がでてきて、吾輩が「北朝鮮風に」と言ったら、いきなり「H1氏万歳ー」(本当はフルネームで言ったが自主規制)と言い出し、ヤバサ炸裂。
 その横で女将さんの暴走が止まらない。ついに「他のが見たい」と言い出し、KouChan氏のミニレイアウトが緊急登板する羽目に…
 その後アタッ○25の児○清をモノマネが始まり、それにつられてアタッ○25のBGMを流す猛者が出る。吾輩、馬鹿みたいに笑う。
 こうして怪しい宴会は「そろそろ終電ヤバクない?」な時間へと向かう…
 本日はこれまで。次回は次の日へ。
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2006年06月14日

第57回 中原運転会 その2

 今日は前回の続き也。

 ミニレイアウトで盛り上がっていたせいもあり、全然路モジのセッティングが進まない。Y氏が来てやっと動きがでる。今回Y氏が本線と路モジを接続する為の実験をする為、坂道が設置された。坂道の終端にはY氏の「丸の内線モジュール」が置かれたのだが、グリスタ氏が早速RMMに出した500形を並べる。それをカメラで撮影したんだが、マクロにセットしないものだから、載せられない位のピンぼけ写真に…
 ようやく路モジの方も動き出す。が、平坦な直線で引っ掛かる。レールが汚れてるのだが、誰もクリーニング液を持って来なかった。珍しい。いつもなら2〜3本あるのに。かく言う吾輩もクリーニング用のクロスを持って来ただけだったりする…その後クリーニング用のクロスで無理矢理きれいにした模様。
 吾輩が昼食を食べてきた頃、O1氏が来ていた。吾輩がBトレのHiSEを使い、動力調整をしようとしたら、吾輩持参のTomix謹製パワーパック(旧式)が無い。「あれ?」とおもい、O1氏が持ってきた本線を見たら、パワーパックが拉致され、使われていた。「ありゃりゃ、仕方ない」と言う事で、実験し終わった坂道で調整をする。
 持って来たHiSEの動力に、幅16mm厚さ0.25mmの釣り用鉛板を、長さ38mmと25mmに切り出す。
切り出した鉛板
 コレを動力に載せ、坂道を登るか試験する。この坂道がまたキツイ。
碓氷峠か箱根の山級の坂
 長い板を2枚、短い板を9枚載せて坂道アタック。プルだと登るが、プッシュだと途中で止まってしまう。長い板を1枚増やしたが、それでもプッシュでは無理でした。
こんなに載せる
 鉛板を切り出している時、1年位ぶりにO2氏が登場、アッチャコッチャで歓迎を受けていた。
 今日は疲れたのでこれまで。次回へ続く。
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2006年06月13日

第56回 中原運転会 その1

 6月10日にT−TrakNetworkの中原非公開運転会が開催された。大体登戸か船堀で開催されるのだが、今回双方とも部屋の確保が不可能ゆえ、今回中原市民館で開催となりました。
 5時頃起床し、荷物を自転車に載せ、5時半頃家を出る。職場に自転車を置き、ここで秘密兵器壱号を収容し、電車に乗る。東京に着き京浜東北線に乗換え、川崎で南武線に乗る。南武線に乗るのが今回で2度目で、始発の川崎から下車駅の武蔵小杉までは初めて乗った区間です。武蔵小杉で降り、中原市民館に8時半頃到着する。無論吾輩以外誰もいない。会場のホールはシャッターで閉まっており、部屋の前まで行けなかった。数分後グリスタ氏到着する。ここ最近運転会の到着順1位と2位は毎度同じだな…が、3〜4番手辺りでH1氏が到着と、非常に珍しく早く来た。「地元から一番近いんだから」だそうな。
 シャッターが開き、会場に着くなり凄い物を見る。足踏み式ミシンがあったよ…
 前回H1氏がミニレイアウトを持参したが、それに触発されたのか、今回K氏とKouChan氏が製作し持ってきた。見てると欲しくなるのだが、今家に置く場所がねえよ…
 今日は疲れたのでこれまで。次回へ続く。
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2006年06月10日

第55回 軽作業で腰痛を起こす肥満な吾輩

 本日支社で脱線復旧訓練が開催された。吾輩は居残り部隊でしたが、本日の天気(雨)では「行かなくて済んだ」が正直な感想。雨合羽が支給されてますが、体を動かすとサウナスーツになる程の機密性の高さ、暑がりな吾輩にはキツイです。
 居残り部隊でデスクワークしてると、これまた居残り部隊の検修助役が吾輩の所へ来て、「グリーン車の(出場整備が)人手が足らないので応援ヨロシク」と言われ、久しぶりに現場でお仕事する事になった。
 お仕事の内容は
 *号車札の差し込み
 *編成番号札の取り付け
 *シール貼り
 と、言ったところがメイン。上記二つは楽なのだが、シール貼りはきつかった。グリーン車Suicaシステムのリーダー部に、「ここにスイカを当てて下さい」と書いてあるシールを1枚1枚貼っていくのだが、貼る位置が中途半端な高さにあった。まだ平屋部分の席なら立って貼れるのだが、2階建ての上下階は中腰にならないと貼れなかった。それを1人でやってたものだから、おかげで治りかけてた腰痛が再発してしまい、それを気にするあまり背中まで痛くなる始末。
 嗚呼痩せないと駄目だね…
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2006年06月04日

第54回 鱒釣りとボーリング

 前回載せた「鱒釣りと碓氷峠」から2週間後の土曜日の事、また鱒釣り大会があった。主催が変わり、今回は先輩が多数参加した。会場は渋川市赤城町(旧赤城村)の釣堀で、そこから山奥へ行くと、あの徳川埋蔵金発掘現場に行けます。
 会場まで自動車で行くが、途中で曲がる所を間違え、岩石の採掘場(一瞬「発掘現場か?」勘違いした)に行ってしまう。珍しく道に迷ったよ。到着すると既に開会していた。
 前回は全然釣ってないので、今回は釣りを楽しむ。餌は前回イクラを使用してたが、今回は練り餌で、吾輩練り餌を使って釣りをするのは初めてである。釣り始めの時、食い付くが餌がバラけ、なかなか釣れなかったが、練り餌を強めに捏ねて付けると、やっと針に食い付く。3匹釣れた時、着てたジャージのズボンに針が引っ掛かり、取れなくなる。後輩1号に手伝ってもらったが、後輩1号の馬鹿力針が途中から折れてしまった。この時点で釣りは終了〜。竿をウッカリ踏んで折るのはあるらしいが、針を折る馬鹿いるか!後輩1号!
 デジカメで周りを撮影をした後、バケツを持って焼き場へ行こうとすると、バケツの中に2匹しかいなかった。後輩2号に尋ねると、どうやらバケツを間違えたらしい。首尾よく後輩2号が1匹釣り上げたので、それを回収し、焼き場へ向かった。焼き場で捌いて貰って、塩焼きにしてもらう。塩焼きにした物を宴会終了間際に頂き、家へのお土産にする。
 本日は高崎にてボーリング大会があった。続く時は続くもの、参加しました。大抵仲間内でやる時は3ゲームやるが、今回は2ゲームと少ない。団体なので試し投げでき、さっそくやったのだが、その時点で腰が痛み始める。その後ゲームが進むにつれ痛みが酷くなった。只でさえ80〜100位しか出ないスコアが余計に悪化、2ゲームとも70を超えられず、絶不調の極みである。
 家に帰り、ネットで頼んだ物が届いたので、箱を開けると、違う物が混ざっていた。お陰で本日はこれの対処で日が暮れる…
posted by 島々な人 at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月01日

第53回 世の中案外広い様で狭い様な…

 先日の「なんか中途半端な休日」に
 >後に判明したが、どうやらys氏も秋葉原に来ていた様だ。完全にニアミス。
 と、載せたのだが、その後T−TrakNetworkのY1氏より「その日私も秋葉原に行ってたよ」と言うメールが来た。Oh!なんですと!?メールを読むともう1人いた事が判明する。なんたる奇遇だこと。
 秋葉原は今や有数の鉄道模型天国。かつて中古屋の「ぽち」以外鉄道模型を扱ってる店を知らなかった身からすれば、隔世の感があります。かつては都内をウロウロしないと、模型の確保が大変だった。かつてのルートは秋葉原→荏原中延→池袋→西日暮里か、落合→新宿→秋葉原→御徒町だった。たまに途中を抜いたり、別の場所(大山とか祐天寺とか)が入る事もあるが、大抵このパターンがほとんどだった。(地名で何処へ行ったか判断して下さい)
 が、今では秋葉原で用が済んでしまう。下手すりゃ秋葉原しか行かない時も。決定的だったのが、秋葉原に「GMストア」と「タムタム」、「モデルスIMON」が出店した事だ。おかげで大半の用事が秋葉原で済む場合が増えた。ポイントカードの為だけに新宿へ行く事もあるが、明らかに秋葉原での滞在時間が増えた。
 その様な状況だから秋葉原で職場の先輩や、T−TrakNetworkの知人に遭遇する事もある。
 浜松町で「鉄道模型市」があった日の事、秋葉原の「GMストア」で広○氏に遭遇した。開口一番に言われたのが「あれ?祐天寺に行ったんじゃなかったの?」だった。誰から聞いたの?と訊ねると、「鉄道模型市」の会場でグリスタ氏から聞いたらしい。
 しかし開口一番でこれじゃキツイねぇ…(あの日は酷い目にあったのでなおさら)
posted by 島々な人 at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする